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10月28・29日 丹沢山(初)
当初の予定ではヤビツ峠~黍殻避難小屋の予定だったが、途中で暗くなったため原小屋平で留まった。 そこで水を確保して夜を明かしたわけだがものすごく冷え込んでガタブルだった。 初日は霧が気持ちよかった。 やっぱり登って体が火照ってる時は最高! 蛭ヶ岳を越えるとブナ林が広がっていて鹿のけたたましい鳴き声と足音をちょくちょく聴いた。 原小屋平の水場はほとんど崖といってもいい急斜面を降りていくので案の定ずり落ちて尻をしこたま打った。 もれそうなぐらい痛かった(笑) 次の日は蛭が岳付近から富士山がよく見えた。 なぜかクワガタが頂上のベンチに居た。 野宿という選択肢はありえないので、次は必ず避難小屋までたどり着くことを目標にする。


~~~PV~~~
 
 矢島舞美華麗に歌う     都会っ子純情        涙の色                 ~resonant blue~




呼吸をすることは生きることと同意義である。 そのことは当然であることは誰しも認めることだろう。 吐き続けることもできなければ、吸いつづけることもできない。 だが、経済についてそれと結びつける人は極めて稀である。 経済を、人の活動のマクロ版と考えるなら、そこに思い至るのは当然のことである。 大の中に小があり、小の中に大がある。 それは人の体でも同じである。 今では、クローン技術の発達から、一つの細胞に生命体を司るすべての情報が入っていることは知られている。 陰陽道の太陰大極図では、陽だけも無ければ、陰だけも無いことを表している。 陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず。 今の資本主義経済は、膨らみ続けなければ成り立たない仕組みになっている。 採算がとれなければ融資を得られず、利益がでなければ潰れてしまう。 つまりは取ったり取られたりのいたちごっこで加速度的に無駄に忙しくなってしまう。 まぁそうなってしまうのは、人よりもっと多く、より便利に、という価値観に縛られているからなのだが。。 資本主義経済がこのような仕組みである以上、いずれ崩壊するのは明白である。

今朝の新聞で一ドル90円台、平均株価七千円台と見出しにあり、危機感を煽るようなことが書かれていた。 私は言いたい。 円高株安大いに結構、そんなことを心配するくらいなら食料自給率のことを心配しろ! 今に食えなくなって株だ為替だなんてこと口にできる元気もなくなっても知らないぞ、と。 今、円高、株安になって経済が収縮することは理に適ったことなのである。
競馬を始めたのはディープインパクトがデビューした頃だからか、追い込み馬に共鳴を覚えるようだ。 最近は、サイレンススズカやメジロマックイーンなどの断トツの逃げ馬が出ないのは何故だろう。 競馬も、一人勝ちの時代から他馬との関係が濃厚となる融合の時代へと変わって来ているのだろうか。


何故最近流行の株やFXをやらずに競馬をするのか? 結果の因果関係が明白だからである。 みんなが預けたお金の75%が当たった人に分配されるという、少し考えればすぐ判る仕組みである。 それに対して株やFXはどういう仕組みで値が上がったり下がったりするのかが不明瞭である。 買い注文が増えれば値が上がり、売り注文が増えれば値が下がるということはごく当たり前のように考えられているが、それは市場では当然であっても、金融にも当てはまることはどうしても腑に落ちない。 誰が値を決定しているのか? 自動的に上がったり下がったりするのはどういう仕組みか? そこのところを考える人はいるのだろうか? ただ儲かれば良いと考えて株やFXに参入する人は無責任極まりない。 そのような人が多いから今のような実体経済とかけ離れた虚構の「マネー中心社会」となっているのだ。
 
一番大事なことは何か? 判っているようで判っていない事に気づいた。 頭では「お金より大事なものがある」と分かっていても、まずお金がないと話にならないと思っている低次元の自分がいる。 お金は二義的な存在である。 最初からあるものではない。 今日を振り返ってみると、お金に関するくだらないことに結構時間を割いていたことに気づいた。 もし本当に真剣に生きているのなら、小手先の知識や技術を求めたりせずに、真の喜び溢れる生活を実現するために想像力を働かし、そのための情報を集めていたはずだ。 
2008年10月22日 赤城山(初)
紅葉を楽しみにして行ったが、上の方はほとんど終わっていた。 いろは坂では鮮やかな紅葉が見られた。 黒檜山に登る途中は急斜面で岩がごろごろしていて汗をかきふうふう言いながら登った。 登山は本当に体力がつく。 天気はやや曇りで、霧が立ち込めていた。 駒ケ岳の頂上では霧が下から吹き上げてきてとても気持ちが良かった。 覚満淵ではアイガモが着水して間近でえさをついばんでいるのが見られた。


もし神が完全ならなぜ世の中は不幸や病気、様々な苦しみに満ちているのだろうと小さいときから常々考えてきた。 しかし、もし最初から不幸、病気その他ネガティブなものが全くなかったら、幸せや喜びを感じることはできないだろう。 だから、もし失敗したり思うようにいかなかったりしても、すべてに感謝することが大事だと思う。 失敗は喜びを感じるためにあると思えば良いのだ。 今では、神とは光と闇を含めたすべてだと思うようになった。 

新時代は、今までのネガティブなものすべてが浄化され、歓喜のみの世界に移行する。 人が神となる時代である。 それが元からの仕組みである。 なぜなら神は歓喜そのものであり、人はそれを体感するためにこの世に生まれてきたからである。
10月4日~10月12日
1レース2万円
5戦3勝
10万投資22.7150円回収 的中率60% 回収率227%
収支 +12.7150円
最近のキーワードの「アセンション」について思っていることを書いて見る。 一般的に言われているのが、2012年に地球の、ひいては宇宙的イベントとして、次元上昇するというのがそれである。 私は、自分自身の成長、価値観の大転換そのものがアセンションだと思っている。 アセンションを信じず、認めない人にはアセンションは存在しない。 なぜなら、人はそれぞれ認めただけが世界であるからだ。 だから究極的にはアセンションの起こる起きないは人それぞれだと思う。 しかし、もし自分自身の内面において短期間で信じられないぐらいの価値観の大転換が起こったなら、それは自分自身の潜在意識で地球自体の変化を受けとっているのかもしれない。 すべては一つであり、互いがつながり合っているということが真実であれば、地球の次元上昇によって地球に存在できる人とできない人に分かれるのは明白であろう。

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男性
誕生日:
1985/08/07
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遊び人
趣味:
登山
自己紹介:
競馬で生計を立てています。 目標は、自給自足。
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